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東京高等裁判所 昭和31年(う)591号 判決

控訴人 被告人 能勢夏嬋

弁護人 松尾黄楊夫

検察官 小西太郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松尾黄楊夫提出の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これをここに引用する。

よつて次のとおり考察をする。

論旨第三点。

横浜市風紀取締条例は、普通公共地方団体たる横浜市が、憲法第九十二条ないしは第九十四条の保障する地方自治に基く自主立法権により、これが憲法の条項を母体とする地方自治法の規定するところに従い制定したものにかかるところ、所論において、同条例所定の事項は、国の行政事務に属し、地方公共団体たる横浜市には斯くの如き事項についての条例制定権はなく、同条例は地方自治法第二条及び第十四条所定の範囲を逸脱し無効であるという趣旨の主張をしている。しかしながら、右憲法及び地方自治法第二条及び第十四条の規定するところによるときは、地方公共団体は、前示自主立法権に基き法令に違反しないかぎり地方自治法第二条第三項に例示してあるが如きその区域内における自己の利害に関係ある事項である以上、たとえその事項が、一面国民全体の利害に関係があるとしても、同条第六項において専ら国の事務としているような事項を除き、これが事項に関し、条例を制定し得ることが明らかである。されば、横浜市風紀取締条例の規定する事項が、横浜市の利害に関する事項に属し、専ら国のみの利害に関する行政事務ないしは、警察法の規定しているような国家警察の組織や運営事務自体に関するものでないことは、その各規定の内容自体に照らし自ずから明白であるからその事項が、国の行政事務に属する事項であるとの理由を前提として右条例の無効を主張する所論は採用し難く、論旨は理由がない。

論旨第四点。

所論は、要するに、元来、地方公共団体たる横浜市が、横浜市風紀取締条例の如き本来国の行政事務に関する事項を内容とする条例を制定する権限を有したのは、旧警察法が本来国の事務に属する警察事務を、地方公共団体に委譲した結果によるもので、昭和二九年六月法律第一六二号をもつて新たに警察法が制定され、これが施行により、昭和三十年六月三十日かぎり横浜市警察が廃止された以上、爾来横浜市は、右の如き条例の制定権を失い、従つて同条例は、その効力を失つたものであるというに在るものと解されるが、横浜市風紀取締条例の規定する事項が、警察法の規定しているような国の警察の組織ないしは運営事務自体を内容とするものでないことは、前段にも述べたようにその各規定の内容自体によつて自ずから明白であると共に、すでにして叙述したように、普通地方公共団体である横浜市が憲法によつて保障された自主立法権に基き憲法を母体とする地方自治法の定むるところに従い市議会の表決を経て制定されたもので、同市の制定する新たな条例による改廃ないしは右条例と牴触する法令の制定施行なきかぎりその効力に消長のある筋合ではなく、単に警察の組織や運営事務等警察行政に属する事項を規定しているにすぎない。新たな警察法の制定施行により横浜市警察が廃止されるに至つたからといつて当然横浜市風紀取締条例が失効するいわれはない。論旨もまたその理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

松尾弁護人の控訴趣意

(三) 横浜市風紀条例は、地方自治法第二条及び第一四条の範囲を逸脱した無効の条例であるとの主張に対し、原判決は、地方自治法第二条第二項第一号同第七号の規定を引用し、地方自治法の範囲逸脱でない旨を判示している。

しかし、地方公共団体の条例制定権は地方自治法第二条第二項の定めるように、自治体の公共事務及び法律又はこれに基く政令により、普通地方公共団体に属するものの外、その区域内における他の行政事務で国の行政事務に属しないものを処理すると規定し、地方自治法第一四条は第二条第二項の事務に関し条例を制定することができると規定している。換言すれば、其の地域内における国の行政事務に属するものについては条例制定権はない。何故ならば、警察法はその一条において警察の責務活動の限界について規定し、第二条において警察管理について詳細に規定している。社会公共の秩序維持は、運営管理の初頭に明記せられている処であり、横浜市風紀取締条例の内容が公共の秩序維持にあることは論を俟たない。従つて、横浜市風紀条例所定の事項は国家事務であり、警察機関であるので、公共団体の条例制定権の範囲に属しない。

(四) 昭和二九年六月法律第一六二号警察法に基き、昭和三十年六月三十日限り横浜市警察が廃止されたので、右廃止と同時に横浜市風紀取締条例は廃止すべきであり、廃止手続がなされていないとしても無効な条例であるとの主張に対し、原判決は、横浜市風紀取締条例は横浜市警察の存在を前提として有効なものであつたと解する根拠はないと一蹴した。

しかし、横浜市警察の事務が国の事務であつて、地方公共団体の固有事務でないことは多言を要しないだろう。その国家事務を旧警察法により地方公共団体に委譲したので横浜市警察が生れ、従つて国の警察事務を横浜市が執行したのである。故に、その限度において条例制定権もあつたと解すべきである。然るに、昭和三十年六月三十日限り横浜市警察は廃止せられ、横浜市における警察事務は神奈川県に移管されたので、神奈川県において必要性を認められない風紀条例を制定し、これと同時に横浜市の風紀条例は当然廃止すべきである。廃止されていないとすれば、唯形骸のみ残存している無効の条例である。第三項において、公共団体に本件のような条例制定権はないと主張したが、若し仮りに制定権ありとすれば、本項の通り主張せざるを得ない。以上のような次第であるので、原判決を破棄して被告人を免訴又は無罪とすべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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